画面のみかた
めんどくさい説明何ぞイランワイという方は左側のメインメニューをクリックされますとまじめなメニューへ移動しますのでそちらへどうぞ。
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メインメニューの左側の列はごくごく当たり前の古事記の解説で、皆さんがよくご存知の歴史書となっています。右側の列のコンテンツはコラムや本文の補足の記事へ直接アクセスできるようになっております。
180度へその回った性格の悪い私の独自の解釈があちらこちらに入っていますので閲覧注意となっておりますし同じような文章が右と左にあることがありますので先にご容赦願っておきます。
一粒で二度おいしいか、そしてどちらを選ぶか、また内容を信じるか信じないかはあなた次第です。^^;
コラムの紹介
このページの右側のコンテンツは、正直言って最初にお読みくださいと胸の張れるものではありませんが、私と古事記のなれそめとザックリとした古事記の全体像が書いてありますのでついでにお読みいただけますとうれしいです。
私と古事記との出会い
みなさん、古事記って聞いた事ありますか? あの漢字だらけの見ただけで拒絶反応を起こしそうな本です。 実は私も最初はそう思っていました、でもふとしたことから「日本の神話っておおらかだなぁ」って思うようになり、軽い気持ちで、本屋さんに行き神話の本を物色しているとふと目に止まったのが古事記でした。 昔々に聞いたような気がするタイトルですがなぜこの本が神話の棚の中に入っているのか気になりました。「古事記って神話だったっけ」というのが最初の疑問でした。
そこで私の豊富な知識を総動員してこの疑問の答を探してみました。 まず私の持っている古事記の知識を箇条書きで披露しますと。
①日本最古の歴史書だそうです。
②奈良時代に作られたらしい。
③生まれ故郷の名古屋の大須観音に写本がある。
・・・中略・・・
⑳原本は見つかっていない。
以上
これらの知識をつかって出した答えが「わかりません」でした。 わかるわけがありません、なんにも知らないのですから。 ですがなぜか「古事記とはなんぞや」という思いがわきあがり「古事記原文解説付き」というやけに立派な本を手にしました。まわりには私と同年代のオッチャンやオバンが何人かいましたが「おれはこんな本簡単に読めるんだぞ」と鼻息を荒くしててきとうなページを開きました。そして想像のはるか上をいく漢字の嵐を目の当たりにして反射的に本を閉じてしまいました。 すこし大げさですが、これがわたしと古事記の最初の出会いのエピソードです。 それでもなぜか「なんぞや」の思いがありましたので、もっと簡単な本はないのかと色々探してみるとなんとか原文と対訳と解説が文節ごとに書いてある本をみつけ読めそうな気がしましたので買って帰りました。 恥ずかしい告白ですが私は机に向かって本を読むことができない性分でして家の中で本を読めるのはトイレとお風呂と決まっています。 そこで夜早速お風呂に持ち込んで読み始めました、もちろん原文は読めるわけもなく対訳を読んでみると頭の中が○×△になってしまいました。 さきほど書きました私の知識①にある「最古の歴史書」をひもとくという高揚感にひたりたかったのになぜか「ウ~~ン」とうなってしまいました。 なぜなら、「神様が偉い神様に子供の作り方を聞きに行ったり」「浮気上等不倫当たり前」といったくだりや、「美しい女性がいると聞けばその女性のもとに駆け付ける」というたくましい行動力の持ち主が出てきたり、うらやましいかぎりの話が(オッと心の声が漏れてしまいました)書かれているのですからうなるのもご理解いただけると思います。 読んでいるといつもこれって本当に歴史書なのか?という疑問がついてまわりました。 でも根がケチですのでせっかく買った本をそのままにできず読んでいくと今度は違った疑問が出てきて色々調べてみたくなりました。わからないなりに調べてみるとけっこう突っ込みどころがあって楽しくなりましたので、というより誰かをこの世界に引きずり込んでやろうと思いペンをとりました。ようは私家版の紹介文と思って頂けましたら幸いです。 余計なことをずらずら書いてしまいました悪い癖です、それでは紹介に入っていきたいと思います。
古事記の全体像
まずザックリと全体像をお話しますと、古事記は序文をふくめて4部構成になっています。
なお原本は現存せず写本のみが残っています。
その写本のひとつが伊勢本系統で1371年から1372年にかけて愛知県名古屋市にある真福寺の僧侶・賢瑜(けんゆ)が写したとされるもので3巻揃っているものとしては日本最古のものです。
そのほかの系統として卜部本系統があります。
余談ですがわたしの生まれ故郷の名古屋市では前述の真福寺宝生院とは言わないで大須観音と呼ばれ親しまれています。
おそらく古事記として写真で出てくるもののほとんどがこれだと思います。
さて全体像に話を戻しますと①序文②上巻③中巻④下巻で、それぞれ
1. 序文(じょぶん) いつ、だれがこれをどのような理由で書かせようとしたのか。 だれがどのような手段で書いたのか。 いつ、だれに献上したのか。 書くにあたりどんなことに留意して、どのように書いたか。 全体がどのような構成になっているのか。が書いてあります。
2. 上巻(かみつまき) ここからやたら漢字が多くなりますご容赦ねがいます^^; 天地開闢(てんちかいびゃく)から日子波限建鵜草葺不合命(名前です^^; 「ヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコト」と読み、通称は「ウガヤフキアエズノミコト」と言います)つまり神代の昔の神話です。
3. 中巻(なかつまき) 神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイワレビコノミコト)初代神武天皇から品陀和気命(ハンダワケノミコト)15代応神天皇までのエピソード。
4. 下巻(しもつまき) 大雀命(オホサザキノミコト)16代仁徳天皇から豊御食炊屋比売命(トヨミケカシキヤヒメノミコト)33代推古天皇までのエピソード。
ここで少しお断りしなければなりません。
便宜上1〜4の項目に分けていていかにも古事記が4巻あるように説明していますが、実際には1の序文と2の上巻は1冊で古事記は全部で3冊のものですので誤解のなきようお願いいたします。
ではなぜわざわざ分けたのかと言いますと、序文が真書である証拠がないので偽書の疑いがあると言われているためです。
また序文だけではなく古事記の原本が今に至るまで発見されていないため古事記そのものが擬物であると言う意見まであります。
ですから「信じるか信じないかはあなた次第です」と言わざるを得ないことをご承知おきください。
ザックリこんな感じで書かれています。読んでいて面白いのは断然上巻です、何といっても子供の頃に聴いたり読んだりした神話があちこちに出て来ますし、神様同士が勝負したりやたら人間臭くなんとなく身近に感じられます。